民法男子第3話~売買契約における瑕疵担保責任①知識編~
日曜日、俺は日野木と近場の駅で待ち合わせて、彼の家に向かった。目的はゲームの返還だがそれだけではなく、瑕疵担保責任について勉強しようと考えていた。
「そういや、お前ん家行くのは初めてだな」
「そうだったか? まあ、しがない一人暮らしだ」
日野木はもともとは福岡県出身で、こちらの方に下宿で暮らしているらしい。
「ついたぞ」
「お~」
まあ、普通のアパートである。鉄の音を響かせながら階段を上った。
「ここだ、開けるぜ」
日野木が開けようとしたが、その前に勝手にドアが開き盛大に日野木の顔に直撃した。
「痛っっっっっアアああああああああああああああああ」
日野木は顔面をおさえ、悶え苦しむ。
そんな日野木を余所に中から出てきたのは純粋で黒いストレートの髪をした清楚な女性だった。
「あら、こんにちは」
彼女の透き通った声と神々しいほどの笑顔に、何かがはじけ飛んだ俺は悶える日野木を掴み、こう言い寄った。
「貴様という奴は、こんな可愛い子と同棲しやがって・・・・・・テメーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
完全にひがみである。
「ま、待て待て待て」
顔をおさえながら止めようとするが止まらない。
「問答無用! リア充爆発しろ!」
「だっーー、俺の妹だってのーーー」
「うるせえ、裏切者めぇ・・・・・・って妹?」
「はじめまして、日野木あずさって言います、兄がいつもお世話になっています」
なんと、このぶっきらぼうの日野木とは似ても似つかない(本人曰く、ほっとけ)彼女は妹だという。
「おい、聞いてないぞ、妹がいるなんて」
「言ってないからな、実は俺も驚いている。ところであずさ、何でここにいる?」
「言ってなかった? お兄ちゃん、遊びにきたのよ」
「げ・・・お前、まさか・・・」
「さあさあ、そんなとこにいないで家の中に入ってよ。えーと」
「東條です」
思わず敬語になる。
「東條さんもどうぞ♪」
彼女に導かれながら、部屋に案内された。
そこで俺と日野木は床に座り、ホッと一息をついた。
「じゃあ、準備をしてくるから待っててね♪」
彼女は一緒に休む間もなく、そう言って台所に向かった。どうやら何かを作ってくれるらしい。今時、珍しい良い子じゃないかと思った。
「・・・・・・」
そんな妹がいるにも関わらず、日野木は何故か怪訝な顔をしている。
「・・・じゃあ、待っている間にやっときますか」
空気を読んだつもりで俺は、法律の話を持ち込んだ。
「今日やるテーマは売主の瑕疵担保でどうだ、570条の」
「・・・・・・」
「おい、聞いてる?」
「ん、ああ・・・、売主の瑕疵担保だな、やろう」
この時、俺は気づいた。彼は怪訝な顔をしているのではなく、何かにおびえていることに。
「どうしたんだよ? さっきから」
「い、いや、なんでもない。じゃあ、まず瑕疵担保責任とは何かを考えてみるか」
「いきなり大雑把だなあ、・・・・・・瑕疵担保責任とは570条なら目的物に隠れた瑕疵があった時に、566条を準用して損害賠償とか契約の解除ができるとかでいいんだろ」
「確かに、561条以下は瑕疵担保責任を規定しているけど、そもそも何で瑕疵担保責任っていうか」
「ん~、瑕疵は欠陥、キズだろ。担保責任は保証?みたいな感じでいいのかな」
「俺もそうだと思う。売買契約の瑕疵担保責任を取って考えると目的物に欠陥があると買主は不利益を被る。だから、不利益を被ったときに填補できるように損害賠償や契約の解除を認めた=担保責任である」
「なるほど、瑕疵があった時に担保責任を負わせるから瑕疵担保責任か、ってそのままだな」
「担保責任って自体あまり、なじみがないからな。ちょっと理解しとくだけで全然違うぜ」
「だな、そういや瑕疵担保責任をやるって言ったものの、何をやる? 考えてなかった」
「570条だろ、やっぱり。あまりにも有名な学説の対立があるしな」
「了解、じゃあ効果から、結構シンプルだし」
「570条は566条を準用しているから、①買主は売主に対して損害賠償請求と②瑕疵があるために契約の目的を達成することができないときは催告なしで契約を解除することができると要するに効果は損害賠償と契約解除の2種類、これは原則な」
「この損害賠償の損害は瑕疵による損害でいいんだよな、原則」
「原則・・・な後でやる学説によって範囲が異なることに注意な」
「もちろん、それはわかっている、それは後回しにして次はこの効果を発生させる要件だけど・・・物に瑕疵があるとき、この瑕疵は主観的瑕疵概念、個々の契約の目的に照らして目的物が有するべき品質や性能が欠いていることが通説みたい」
「まあ、それは妥当だろう。なぜなら、もう一つの要件として隠れた瑕疵ってのがあるが、主観的瑕疵概念ではなく、物の客観的・物理的な性能を欠いているときを瑕疵とする客観的瑕疵概念だとすると見た目で分かるものは分かるじゃん。と、隠れた瑕疵が要件だから、あとは使ってみないと瑕疵が発見できない物に限定されてしまうからな、瑕疵担保責任の範囲を広くとるのがベストだろう」
「要するに、当事者が決めた基準=主観的から考えて、個別に対応できると考えてもいいね。だからこそ、環境瑕疵〈マンションの日照り等〉や心理的瑕疵〈購入した建物で自殺があったケース等〉も物の瑕疵に含まれると言えるわけか。でもさ、こうなると瑕疵の範囲確定が非常に難しいよな、裁判官が決めることだろうけど。こう書くよりかは・・・」
「こう書くよりかは?」
「心理的瑕疵の場合だけど、心理的瑕疵があるから物の瑕疵ではなく、当事者が決めた基準からずれている心理的瑕疵が物の瑕疵だと思うんだ。自殺をした家に住みたくないという話が出ているときに基準ができる。それなのに見た目じゃわからないか調らべてみたら自殺していた。すると基準からずれているから物の瑕疵にあたる。それはわかる。でも、話が出てこなかったときが問題、売主に自殺していない建物を提供する義務があるか、契約に盛り込まれているかどうか」
「そうなると付随義務の問題になるんじゃないか、それか誰だって自殺した建物に住みたくないという一般的な感覚からの判断」
「付随義務にいれると範囲が広がりすぎると思うんだよ、そんなことを義務にしていたら売主に負担になるし、一般的に考えてが一番妥当だと思うけど境目が難しいなあと」
「確かに、難しい・・・だが、主観的瑕疵に考えると瑕疵があっても物の瑕疵に当たらないこともあると考えることもできる、なぜなら、当事者の基準によるから。そう考えるとある程度そこでバランスがとれると考えたらいい」
「んーーー、やっぱり面白いけど一つ一つ紐をほどくと大変だなあ、まさか主要な学説の前にここで盛り上がるとは」
「実質、実務と理論は違うし、そりゃあ、な。だがそれがいいよな」
「二人ともできたよー♪」
元気の良い声が聞こえてきた。何を作っているかは分からないがどうやらできたらしい。
「げ・・・・・・」
突然、日野木が震えだした。普段、冷静な彼が。先ほどの態度といい、おかしいなと思っていたが、その理由はすぐにわかった。
「今日は特別に十八番のピーチパイを作ったんだ! 二人で食べてね♪」
目の前に置かれたのは、紫色と黒色がマーブル色のような得体のしれない物体があった。かろうじてパイの形はしているが、ピーチとは何だったのかと思わせる一品だった。
俺は驚きを隠せずに小声で日野木に話した。
(これは一体どういうことだよ)
(実はな・・・あずさは料理がクソ下手なんだ、そして趣味が料理っていうやつな)
(ベタすぎんだろ、漫画じゃないんだから)
(そうだ、漫画じゃない、だからやばい。食べたら死ぬ。損害発生だ。まさにあずさが作るのは『瑕疵ある菓子』ってな、ははは)
(ははは、じゃない! 死亡フラグ立ちすぎんだろ、なんとかしないと、そうだ彼女を巻き込め! 話をできる限り伸ばすんだ)
(それはナイスアイデア! 幸い彼女は俺達と同じ法学を専攻しているから話は通じる)
「どうしたの? 食べないの?」
「あ、ああ、あずさ、そういや、お前、最近瑕疵担保責任やったろ。さっき俺たちは要件について話してたんだ」
「それで?」
「条文では隠れた瑕疵と規定しているが、この『隠れた』の意味、お前なら、どう考える?」
(上手い、これなら・・・)
「う~ん、最初の学説の立場は外に現れた瑕疵の対比として隠れた瑕疵のことを言ってみたけど、判例で隠れた瑕疵=買主の善意無過失としているみたいだね♪ わたしとしては主観的瑕疵概念で瑕疵の範囲を広くとっているから、隠れたの要件を善意・無過失にしてバランスを取っている気がするなぁ」
この妹・・・できる。顔色を変えずに何も見ずに淡々と述べている。これでは時間稼ぎは・・・こうなったら
「・・・あずささん、買主の善意・無過失は誰が主張するのかな? 」
思わず間を持たせるための応急処置である。
「善意無過失を主張するというより、悪意有過失を主張する感じかな、買主として見てみて、瑕疵を発見できなかったことを主張すれば善意無過失が推定されるから、それを突き崩す形で売主が買主の悪意有過失を主張する感じだと思います♪ 買主に善意無過失の立証責任を負わせると酷だと思うので・・・」
「なるほど・・・」
彼女の的確な意見に頷くしかなかった。こうなると、次は主要な議論に持ち込むしかない。この物体を食う時間を少しでも延ばすために・・・
続く
参考:ライブラリ法学基本講義債権各論Ⅰ [第2版]潮見佳男著
補足:今回は争点が多く、要望もあったので知識編・基本編・研究編と三部構成でいきたいと思います。そこで今回は瑕疵担保の基本的な効果である契約の解除と損害賠償について述べ、要件である瑕疵の意義と隠れた瑕疵について書きました。瑕疵担保責任である法的性質である法定責任説と契約責任説は基本編で述べたいと思います。あと、相変わらず私見がちょびっと入っているので鵜呑みにしないでください。