民法男子第1話~物権と債権の違い①基本編~
「ふぅ」
溜息と共に六法辞書を閉じる。それは同時に五限目の授業の終わりを表すものだった。法学部2年、俺こと東條克彦は身の周りの物を片付け、教室を後にした。この後、本当ならこのまま帰宅と言うべきだが、俺には寄るべき場所があった。
「ウイ~ス」
ラウンジで軽い声で出迎えてくれたこの男、名は日野木啓介、俺と同学年。
俺達がラウンジで何をやるかと言うと、法律勉強である。正確にはだべりながら。と言うのも、この大学には司法試験研究部・法律研究部と言う二大法律部活があるのだが、俺も彼も所属していない。理由は簡単、部活に入ると強制的にテーマを決められて時間的拘束を強いられるからだ。
自分の好きな時に、好きなテーマで。それが楽しい。
「待たせたな」
「いや、俺も来たばかりだ」
「今日は何をやる?」
「んーーー、物権と債権の違い」
テーマはその時の気分次第。
「えぇ、今更?」
しかしながら、物権と債権の違いなど初期の初期に習った内容であり、特段にやる必要もない気がした。自信もなにも余裕だと思った。
「ほう、貴様舐めているな、ならこれを考えてみようぜ」
どこかで聞いたことがあるような口調でそう言って、日野木はプリントを取り出した。
「問題文か、なになに」
【第三者がある債権を侵害した場合に、その債権の債権者は第三者に対しいかなる請求ができるか。債権と物権に留意しながら論じなさい。】
俺は暫く黙って考えながら口を開けた。
「出たよ、留意しながら論じなさい系の問題。まずはあれだな。物権の絶対性と排他性と債権の相対性と平等性の違いを述べつつ、その後、債権侵害をされても不法行為が成立するかを述べるって形だろうな、で結果的に債権も権利だから、不法行為責任を追及できる。だな」
「それだけ?」
「ん・・・・・・、それだけじゃないのか」
「流れはいいけど、それだけじゃ駄目だろうな」
「なんで?」
「・・・・・・じゃあ、まず物権の絶対性と排他性ってなんだ?」
「排他性というのは同じ内容の物権が併存しないことで、絶対性は誰にでも主張できること。」
「正解、でも何故こんな性質があると思う?」
「えっ・・・・・・、えーと物を直接に支配できるからかな」
「そのとおり、一人が物を直接支配しているから、原則として他の人が干渉できないってわけだ。じゃあ、債権の相対性と平等性ってなんだ?」
「・・・・・・相対性とは特定の人が特定の人に一定の行為=給付を求めることができる権利で平等性は同じ内容の債権が併存しうること、で・・・・・あれ? この相対性とかってのは」
「そこだ、ポイントは。 物権=絶対性・排他性 債権=平等性・相対性なんて覚え方をすると分からなくなる。そもそも、債権でも不法行為が成立する理由は債権が権利だからという理由もあるが、それだけじゃパンチが弱い。そもそも相対性を理由に不法行為は成立しないのではという話があったぐらいだからな」
なるほど、と納得しつつ、思わずそう言う覚え方をしていたからギクッとした。
「基本は基本だが深いな。で、この相対性ってのは」
「それは[債権の内容]について言っているんだ」
「ああ、なるほど、つまり_____,例えば、AB間で売買契約を結んだときにその取り交わした内容は、原則、全く関係ないCやDやFに主張できない。言えるのは特定の人に当たるBだけ、そういうわけか。いや、正確にはそれを言えるに過ぎないか」
「そう、だから、別に考えて、債権も権利であり不可侵性を有するからと繋げれば、債権でも不法行為が成立するよと言えるわけ」
「足りない部分はそこだったか・・・・・・」
「いや、それだけじゃないぜ。」
「え~まだあるのか」
「述べておいた方がいいことがまだあるけど、その前に債権侵害が不法行為を成立するという部分はどう考える?」
「ほら、あれだな、相関関係説だな(キリッ)」
「キリッじゃねーよ(笑)まあ、それでいいけど・・・」
「被侵害利益が物権>債権がだから不法行為が成立するのは違法性が強い場合のみ・・・要するに債権の帰属自体を侵害した場合や消滅させた場合に成立する。どーよ、これいったろ」
「弱い」
「え」
「やっぱりパンチが弱い、不法行為が成立しにくいっていうことを言うなら、どの場合なら成立しないかを述べないと」
「ぬう・・・ということなら、反対に考えて・・・債権は侵害されても、成立したり消滅しなかった場合か! そして自由競争原理を使って背信的な悪意や公序良俗に違反している場合のみ成立する、でいけるかな」
「オーケーそれで大丈夫、ここでもポイントは」
「わかってるって債権侵害における不法行為の学説=相関関係説じゃ駄目でそれを主張したいなら、日野木が言ったとおりパンチが必要なわけだ」
「わかって来たじゃないか」
「ケッ、答えみながらなら、そりゃわかるよな」
気づいた方々もいるだろうが、俺たちの勉強方法は片方が参考答案=答えを持っており、論理の進め方、キーワードを確認しながら、話を進めるのだ。
時にはツッコミながら、時には確かめながら。
「まあまあ、いつもの事だ。で、これで終わりじゃなんだな」
「他、語ることあるか?」
「原則、不法行為ができるのは損害を埋め合わせすること、すなわち、損害賠償だから・・・」
「差止め請求権か」
「そう、侵害している状態を取り除けるかを述べないといけない。しかも、さっきの理由と同じで被侵害利益が低い、ないに等しい以上、積極的に差止めを求めることはできないから例外を探すべきだな」
「う~ん、例外かちょっと分からないな」
「ヒント、物権は直接支配権に基づく物権的請求権」
「あー不動産賃借権か、でもそれって債権の一部に限られて答えになっていないんじゃないか?」
「それは俺も思った、債権として差止め請求権ができるか、って問いに対して賃借権なら物権同様の機能があるから、それだけができるじゃ、何か全部の問いに答えた気がしないんだよねえ。もう参考答案の答え言っちゃうと”債権者に対して妨害排除請求権を行使することができないのが原則である。もっとも債権といっても様々であり、物権と同様の程度に物の直接請求権が認められれば、妨害排除請求権を認めることができる・・・思うに不動産賃借権(以下略)”」
「う~ん、なんかな」
「なんかな、でもパンチは強い。物権ならできるという根拠を前提に債権の可能性を模索する感じ。これで一応解答となるな」
「なるほど、まとめるとこうなるな」
債権と物権の本質的な違いは、権利内容である。物権は物を直接に支配することから、同じ内容の権利は併存しない排他性と権利を誰にでも主張しうる絶対性を有している。それに対して、債権は債務者の自由意思によるから同じ内容の債権が併存する平等性と特定の人が特定の人に対して一定の行為を請求できる相対性を有している。債権が第三者に侵害された場合においては、債権の相対性が問題となってくる。なぜなら、相対性を有している以上、第三者は侵害しない義務を負わないため、不法行為責任を検討するにあたってそもそも不法行為責任が発生しないかという問題がでてくる。確かに、債権は相対性を有しているがそれは権利の内容(給付)についてであり、特定の人以外対して請求できないに過ぎない。債権も権利である以上、不可侵性を有していると解するべきである。したがって不法行為責任を追及できる。
もっとも債権は自由競争原理を背景に債権が併存する平等性から、排他性を有する物権と異なり、被侵害利益として物権と比べると弱い。そこで、違法性が強度な場合にのみ、不法行為が成立すると解する。
具体的には自由競争の原理を超えたと言える、債権の帰属自体を侵害した場合や消滅させた場合は成立する。これに対して、債権は侵害されても、成立したり消滅しなかった場合は自由競争の原理に基づき許されることが多く、成立しない。ただし、公序良俗違反や背信性など自由競争を逸脱した場合は不法行為は成立する。
第三者に対する妨害排除請求権は認められるか。債権者に対しては相対性を理由に妨害排除請求権を行使することができないのが原則である。もっとも債権といっても様々であり、物権と同様の程度に物の直接請求権が認められれば、妨害排除請求権を認めることができる。そこで、対抗力を具備した不動産賃借権は地上権と同じ支配利用権を営んでおり、対抗力を具備することにより、排他性も得て、物権と同じ機能を有していると考えられる。したがって、対抗力を具備した不動産賃借権は排他性を物権と同様に妨害排除請求権が認められる。
「ちょっと省いたけどこんなかんじだろ・・・」
「お疲れ」
「まあ、俺たちの勉強はここからだけどな」
「ああ、ここからが勝負だ」
続く
参考:論文基本問題②民法120選4第版
ライブラリ法学基本講義5き基本講義債権総論[角紀代恵]著
ロースクール民法⑤(下)井上英治
*文字の色や太さは個人的判断です。
ブログ開設
みなさん初めまして。実はもうすでに別のブログをやっているのですが(更新していない)今回は別の理由で開設しました。
ツィッター上で、行政法ガールという素晴らしい作品に出会いました。わかっていたつもりだけど、実は全然わかっていないリーガル的思考。法律好きとしては実に興味深くためになる。そんな作品でした。で、私が行政法ガールみたいなのを書いてみたい民法男子みたいな感じでと呟いたところ、ダイレクトメッセージで「作ってみては?」とのメールを2~3通頂きました。私のにっくきリア友も作るとは一言も言っていないのに、「楽しみにしているよ」とメールを送ってくる始末。そんなわけで、やるだけやって見ようと言うわけで開設しました。
民法の基本中の基本を取り上げ書いていきます。で、たまに私見や面白そうなテーマを取り上げていく、そんな感じで行きたい。いや、まだこちらも修行中の身、司法試験を取り上げてあそこまで面白く書くなんて正直、無理ですよ(笑) というより、多分ほぼノンフィクションです。法律について語る仲がいい女性なんて教授ぐらいしか(泣)それはさておき、民法男子を読んで頂き、「ああ、習った習った」と思って頂ければ幸いです。